イセキチだってつれづれ語りたい

無駄に多趣味で広く浅い知識しか持ち合わせないアラサー男が、気になったことを思いのままにつらつら語ります。たまにいいこと言いたがりなのはご愛嬌★

戦国武将のいろいろ

 

どもども!

 

連日忘年会やら飲み会で

 

胃やら肝臓がぼろ雑巾のようになってきました

 

イセキチです。

 

今日は自らのテンションを上げるために

 

戦国武将の意外な一面をご紹介したいと思います!

 

そうです!完全な俺得企画です!!!!

 

 

ということでこの人物から

 

 

 

 

 

1、織田信長の好物は金平糖

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織田信長といえば冷徹で非道なイメージがありますが

 

実は甘党であったといわれていて、金平糖干し柿を好んで食べたそうです。

 

また家臣が討死しその子供と謁見した際、側近に干し柿を持ってこさせました。

 

側近は2,3個の干し柿を持ってきたのですが、

 

信長「足らん!もっと持って来い!!」

 

と、最終的に10個以上の干し柿を子供に与えたそうです。

 

なんだかんだ優しい人だったのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

2、豊臣秀吉の指は6本あった

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信長の死後、天下事業を引き継ぎ見事に成し遂げた秀吉ですが、

 

なんと指が6本あったそうです。

 

というのもかの加賀100万石で有名な前田利家の日記に

 

「太閤様(秀吉)はお指が一つ多いようで」

 

という記述が残っているようなのです。

 

人物画には5本指で描かれているので、信ぴょう性が低いとされていたのですが、

 

近年前田利家の日記の発見で6本指説が有力になってきているそうです。

 

 

 

 

 

3、武田信玄、小姓に全力で謝る

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”武田騎馬軍団”を率いて、戦国時代に上杉謙信と共に周辺各国から恐れられた

 

武田信玄ですが、

 

かなり”あっち”の方もお盛んだったらしく、

 

女性だけでは飽き足らず、側近の美少年たちにもお手付きになられてたようです。

 

そして側近の中でも、後の武田四天王である高坂昌信がお気に入りだったようでした。

 

ですがお盛んな信玄はある日他の側近に手を出してしまいます。

 

昌信ご立腹です。

 

すると信玄は昌信に

 

「つい出来心だったんだ。

       君のことが一番に決まってるだろ?」

 

という手紙を送り、全力で謝ったようです。

 

反応に困るわwww

 

 

 

 

 

 

以上です!!

 

いかがでしたか?

 

厳格でいかついイメージの戦国武将もやはり人間、

 

ふと文献から垣間見える人柄に触れると途端に親近感がわいてきます。

 

そんな部分にまた魅力を感じてしまうのですよ!

 

素晴らしい!!!

 

 

あ、魅力ってそっちの意味じゃないですよ?

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます!!

 

 

では!

 

 

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